ちょくルートMagazine

2018/08/01

愛のギロチン ~Part3「自分にしかできない求人とは」

愛のギロチン ~Part3「自分にしかできない求人とは」
ひょんなことから親しくなった同じアパートの住人から

「自分の会社の求人を担当して欲しい」とオファーを受けた「俺」。

会社へヒアリングに行くも、業界、条件面でこのまま求人広告を出しても採用は難しい・・

依頼者に一度は弱気な気持ちを吐露するも、最後に選んだ採用手法とは?


そして、この最後の仕事は「俺」の何かを変えることになる・・
 

会社に戻ってきた俺は、既に整理済みでガランとした自分のデスクに座り、企画を考え始めた。

どうすれば大貫の後釜が採用できるのか。

途中、有給消化中の俺が社にいることを珍しがった同僚が見に来たりしたが、
俺は話半分にそれをあしらい、ひたすら多賀岡工業のことを考え続けた。


……だが情けないことに、何も思いつかなかった。


求人倍率が軒並み上がっている昨今、企業側から見れば採用難易度はどんどん上がっている。


有名企業や人気職種ならまだしも、今回のような案件では採用どころか応募を集めるのも難しい。


これまで俺がクライアントに提案してきた様々な求人媒体も、本気の採用を想定するとどれも心もとなく見え、

それどころか、採用できないことを前提に高額な掲載料を取り続ける、なにか詐欺のようなものにすら感じられるのだった。


だが、ではどうするのか。


普段使ってきた求人媒体を使わないとして、他にどんな方法が?


考えても考えてもわからなかった。


俺は自分のデスクで頭を抱えた。


どうしてこうなのだ。どうして俺は、こうなのだろう。



何の解決策も思いつかないまま、会社を出た。

電車で錦糸町から稲毛まで。

車両は帰宅のサラリーマンでいっぱいだったが、自分はその誰よりも劣っているのだという気がした。

あと1ヶ月もすれば、サラリーマンですらなくなってしまう。

窓の外を流れる風景をただ見て過ごした。

アパートに戻ると、階段を登り、俯いて早歩きで廊下を進んだ。


だが、途中でやはり足が止まった。


ため息が漏れた。だが、逃げるわけにはいかない。
あの人からは、逃げたくはない。


振り返り、廊下を戻った。


階段に一番近い扉の前で止まる。息を整え、ノックする。

やがて中から大貫が顔を出した。既に戻ってきていたらしい。


俺の顔を見て少し驚いた顔をしたが、「どうしたよ、うかねえ顔して」と笑う。


「……すみません、大貫さん」


「なんだよ、藪から棒に」


「私には無理です」


「……」


「今日ずっと考えていたんですが、どうすればいいのか、どうしてもわからないんです」


もう顔も見ていられなかった。

視線を落とし、それでも足りなくて瞼を固く閉じた。

情けなかった。いや、悔しかった。

気づくと俺は嗚咽を漏らしていた。

悔しくて悔しくて、涙が出てきた。だが、泣くことすらうまくできない。



やがて大貫が言った。

「……ちょっと上がれ」
 

当然だが、部屋の作りは同じだった。

だが、老人の一人暮らしとはこういうものだろうか。

物が少なく、静かで、寂しげな雰囲気。

大貫は松葉杖を器用に使いながら、俺のために茶を入れ、持ってきてくれる。


俺は呆然としていた。謝ろうと思ったのは確かだ。だが、なぜ泣いたりなんか……



「どうだった、ウチの会社は」

そう言って俺の向かい側に腰を下ろす。俺は一度大きく深呼吸し、そして言った。


「……とても素敵だと思いました。社長さんもいい人だ。職場を見せてもらって、事業としての将来性も感じました。でも……」


「でも、なんだよ」


「条件面や仕事内容を考えると、採用は難しいと言わざるを得ません」


「……そうか」


「それに、私自身の力不足もあります。やっぱりもっと優秀な営業マンを連れてきて……」




「まあ、落ち着け」

大貫はそう言って俺の言葉を遮ると、茶をゆっくりと飲んだ。

それに促され、俺も同じことをする。熱い、煎茶。

喉から腹がポッとあたたかくなり、体が少しほぐれた感じがする。


「俺にとってあそこは、実家みてえなもんなんだ」

「……実家、ですか」

「前に聞いたよな、家族はいるのかって」

そうだ。確か居酒屋で飲んでいるときだった。


ーーあの時は、「なんでそんなこと言わなきゃなんねんだよ」と怒られた。ーー


「はい」


「……いたよ。昔は女房がいた。でも、死んじまってな」


「え……」


「もう40年近く前の話だ。あるとき具合が悪いってんで病院に連れて行ったら、ガンが見つかった。そこからはあっという間だった。半年も保たず死んだよ」


「……そうだったんですか」


「情けねえが、俺は抜け殻のようになっちまった。子どももいなかったし、両親もとっくにいなかったから、女房は俺の唯一の家族だった。……そんなとき、ズカズカ上がり込んできたのが昭一の親父、八十吉だ」


「あ……多賀岡工業の」


「奴は毎日のように家に押しかけてきて、やいのやいの騒いで……。
あるとき無理やりあいつの会社に連れて行かれて、今日からここがお前の家だ。ウチで働けと言いやがった」


「……」


「……正直、あいつがいなかったら俺はあのまま死んじまってたかもしれない。


だが、多賀岡工業に無理やり入れられて、仕事を覚えさせられて、やがて昭一が生まれて……

そんな頃には俺はまた、人間らしい状態に戻ってた。


それからは多賀岡工業が俺の家になった。

八十吉や、その息子の昭一、それにあそこの従業員たちが、俺の家族になったのさ」


家族。

アットホームな職場、といった表現は求人広告に溢れているが、
こんな風に実感を込めて家族と呼ぶ人もいるのだ。

 

黙っていると、大貫はどこか宣言するように続けた。


「だから、俺は死ぬまであそこにいるんだ。医者は仕事なんて辞めて休めって言うけど、あそこが俺の家なんだからよ。

あそこで死ねれば本望さ。


だが、俺の人生はそれでいいが、あいつらはどうなる?

俺が死んだ後、どうなる?

もしこれであの会社がダメになってみろ、俺は八十吉に顔向けできねえ。死んでも死にきれねえ」



……ただの口の悪い老人だと思っていた大貫の人間性に触れ、何かが溶けていくような感覚がある。


一方で、このような重要な案件に自分がふさわしいのかどうか、どうしても自信が持てない。


「……俺は……どうすればいいんでしょうか」


「そんなもん、俺がわかるわけねえだろうが」


大貫が笑う。……そりゃそうだ、と自分でも思う。


「だけどな」大貫は笑っていた。
「前に来た求人広告の営業マンは、そんな思いつめた顔はしていなかったぜ」


「え?」


「家まで押しかけてきて、すんませんって、泣いたりなんてしなかったよ」


「……」


「俺は古い人間だからよ……結果が良ければ全て良し、とは思えねえんだ。


結果がどうであれ、こいつに頼んで良かったと思える奴と仕事がしてえ。


少なくとも今のお前の顔は、多賀岡工業のことを真剣に考えてるように見えるがな」

「大貫さん……」



「俺はギロチンのプロだ。お前は求人のプロ。

今日の泣き言は武士の情けで聞かなかったことにしてやる。

お前はお前のやり方で、精一杯やってみろよ。謝るのはそれからでも遅くねえだろ?」
 

数日後、俺は再び多賀岡工業に出向いた。

休憩室でビデオカメラを取り出し、三脚を組み立て始めると、大貫は驚いた顔を見せた。



「おいあんちゃん、一体何をおっぱじめようっていうんだ」


「動画を撮るんですよ」


「動画だあ?」


ちょうど昼休憩の時間で、いつの間にか他の社員たちも集まってきていた。

仕出し弁当がテーブルの上にあり、社員たちは談笑しながらそれを一つずつ手に取り、
思い思いの席につく。俺は皆に知れないように録画ボタンを押した。


「動画ってあれだろ、ビデオだろ」


「ええ。採用のためのビデオ撮影です」


「おいおい、馬鹿言っちゃいけねえ。写真の一枚二枚なら勘弁してもいいが、動画ってなんだよ」

吠える大貫の横で昭一が笑っていた。


「いいじゃないですか、大貫さん。この先どれだけ生きれるかわかんないんだし、記念に撮っておいてもらえば」

その言葉に職員たちがドッと笑う。


「なんだと昭一この野郎、お前調子に乗んじゃねえぞ。だいたいお前は俺が育ててやったようなもんで……」


カメラの前でワイワイ騒ぐ姿を録画しながら、俺はあらためて大貫に声をかけた。



「じゃあ大貫さん、ちょっとその椅子に座ってください」


「え? 椅子ってお前、なんだよ藪から棒に」


すると社員の一人が「いいからいいから」と言って大貫を椅子に座らせる。


「じゃ、今からインタビューを撮りますからね。まずお名前から……」


「えー、おい、ちょっと待てよ。いや、照れるなあ。えー、わたくし、大貫ってもんですが、あの」


「もっと普通にしてください、いつもみたいにぶっきらぼうに」


「おい、なんだとこの野郎、そんなのバレちまったら応募なんて来ねえだろうが」

また社員たちがドッと笑う。


「おいこらお前ら、静かにしろよ。声が入っちまうじゃねえか」

キャラに似合わず焦る大貫を見ながら、昭一も笑う。


「いいじゃないですか。ウチらしい姿を撮ってもらいましょうよ」


実は昭一、そして社員たちには、今回の企画の内容を伝えてあった。

昭一はすべて俺に任せると言ってくれた。



そこからしばらく大貫と周囲がワイワイ言い合う様子が続いた。


やがて大貫が俺に「おい、ここじゃ埒が明かねえ、別の部屋に行くぞ」と立ち上がった。


「いや、もういいです」

俺はそう言って、ビデオを片付け始めた。


「はあ? おい、何やってんだよ」

「もう撮影は終わりです」


「おいおい、何を言ってんだ。俺はまだ何も話しちゃいねえぞ」



「後は俺の仕事です。任せておいてください」

 

家に帰った俺は、あらためて「撮影」を始めた。

カメラを向けるのは自分。俺だ。


「えー、私は崎野と言います。今回、多賀岡工業さんの採用プロジェクトを担当している、営業マンです」


心臓がドキドキした。一体俺は何をやっているのか。


……だが、もう決めたことだ。俺が出した結論、俺の精一杯。



それは、俺自身が多賀岡工業を、いや、大貫という人間をプレゼンすることだ。


たまたま同じアパートに住んでいただけ、たまたま俺が求人の仕事をしていただけ。


だが、人間関係というのはすべてこんな偶然から成り立っているのだと今は思う。


それは多分、大貫にとっても同じだった。


たまたま愛妻が病で亡くなり、たまたま多賀岡八十吉がそれを助け、そしてたまたま多賀岡工業が家になった。

そこに良いも悪いもないのだ。


俺たち人間にできることは、日々起こる偶然の中で精一杯生きることだけだ。

「大貫さんと私との出会いは、偶然でした。最初は、なんて口の悪い人だと驚いたのを覚えています」



実は俺が普段扱っている求人媒体には、「会社と関係のない第三者が求人メッセージを発すること」を禁止する規定があった。

俺たちのような、求人業者の営業マンも当然、「会社と関係のない第三者」にあたる。

つまり、俺自身が多賀岡工業の求人に登場するという企画を通すためには、従来の求人媒体は使えないということだ。

だが、この制限がむしろ俺の覚悟を決めた。

もともと、従来の求人媒体では採用成功できると思えなかったのだ。

だったら、一旦ゼロから「採用できるコンテンツ」を考えればいい。俺にしかできない、そして、多賀岡工業にしかできない、コンテンツを。

「多賀岡工業に入社した頃の大貫さんは、まるで生き死人のようだったと言います。

奥さんを亡くし、生きる希望を失っていた。

それを半ば無理やり救ったのが多賀岡八十吉。今は亡き、多賀岡工業の創業社長です」


俺は今日撮影した、多賀岡工業での映像を思い出していた。皆にそうと告げないまま録画した、あの短い映像。

多賀岡工業の日常が、そして大貫の日常があそこにある。

そして俺は多賀岡工業の事業、そして大貫の仕事内容について説明し、最後にこう付け加えた。


「今から見せる動画は、多賀岡工業そのものです。

よくある、お行儀の良い採用動画じゃない。でも、これこそが多賀岡工業なんです。

どんな仕事をするのか、その前に、どんな人達と、どんな関係を築きたいか、どんな人となら長く一緒に頑張れそうかを考えてみてください」
 

求人の営業マンが自ら会社をプレゼンし、その後には休憩室で社員同士が談笑する風景をそのまま流す、というこの奇妙な求人動画は、

俺が会社を完全に退職するまでの間に、応募20件という反響を出した。

「おかしな採用動画がある」と、某SNSで話題になったことも大きかった。

もちろん、そのすべてが有効応募というわけではない。ひやかしも多かったし、面接の現場に現れない者も珍しくなかった。

だが、真面目な気持ちでエントリーした応募者たちは、「ここで働きたい」、いや、「この人たちと働きたい」という強い思いを持っていた。


結果、多賀岡昭一、そして大貫は、2名の採用を決めた。一人は23歳の若者で、もうひとりは40代の設計経験者だ。彼らは今、大貫の厳しくも愛情深い研修を受けているのだという。



-------------そして、俺は。

この最後の案件の思わぬ成功を見て、上司の一人は俺に、退職を考え直せと声をかけてくれた。

だが俺は予定通り退職する道を選んだ。別に意地を張ったわけではない。

実際俺は今後も、求人の仕事を続けていこうと考えている。

俺にしかできない求人。

大貫が教えてくれた、精一杯の求人を実践できる場を、本気で見つけるのだ。
 

作:児玉達郎

愛知県出身、千葉県在住。2004年、リクルート系の広告代理店に入社し、主に求人広告の制作マンとしてキャリアをスタート。取材・撮影・企画・デザイン・ライティングまですべて一人で行うという特殊な環境で10数年勤務。
求人広告をメインに、Webサイト、パンフレット、名刺、ロゴデザインなど幅広いクリエイティブを担当する。
2017年7月フリーランスとしての活動を開始。インディーズ小説家・児玉郎としても活動中(2016年、『輪廻の月』で横溝正史ミステリ大賞最終審査ノミネート、2017年『雌梟の憂鬱』で新潮ミステリー大賞予選通過)。BFI(株式会社ブランドファーマーズ・インク)のスペシャルエージェント。

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